タクシー・ドライバー
ニューヨークの夜の風景とテーマ曲のサックスこそがこの作品の主役だろう。サックスの音色にあわせてゆっくりとタクシーは流れてゆく。主人公の独善にはとても共感できないが、酔わせるような妖しさがこのメロディと夜の灯りにはある。この薄暗さは、すべてをあからさまにせずにおかないLED社会の現代では出せないだろう。只、独善を英雄譚にしてしまう世間の軽薄さは今も変わらない。
主演はロバート・デ・ニーロ。スコアはバーナード・ハーマン。サントラから入ったこと、デ・ニーロ主演という点で前回書いたディア・ハンターと同じだ。公開はディア・ハンターの2年前。テレビで何度も放送されているのだろう、モヒカンのデ・ニーロが大統領候補者の演説会場から逃走するシーンは随分前だが見た記憶がある。銃社会やテロを軽んじるつもりは毛頭ないが、思い詰めた彼が企てることが大統領候補者の暗殺というのは、現代、特にこの国では滑稽譚にすらならないのではなかろうか。
映画を熱望したのはデ・ニーロで、これに対し会社側はかなり渋ったそうだ。そうだろう。ここ迄独り善がりで情けなく、共感できない男を演じるのだから。或いはそういう役を見事に演じきったということになるのだろうか。
デ・ニーロ演じるトラビスが無為にテレビを眺めている。と、聞き覚えのある歌が。ジャクソン・ブラウンの“レイト・フォー・ザ・スカイ”だ。薄暗い猥雑なイメージの中で彼の歌だけが美しく、かつ虚しく響いていた。
1976年公開。監督のマーティン・スコセッシは、この40年後、この地を舞台にキリシタン弾圧を描いた「沈黙」を撮った。
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